中古車のトランク

俺は子供の頃からある車に憧れていた。
「大人になって免許を取ったら、絶対にこれに乗るんだ」と、それを目標に成長してきた。
高校からバイトをし節約と貯金を心掛け、免許を取る頃には目標金額を達成していた。

大学2年の時、俺は免許取りたてで憧れの車を手に入れた。
勿論、中古車だけど…。その車は今では一部のファンくらいしか乗っていないセダン車だ。
ハイブリットが持て囃される時代、古いセダン車なんてもの…しかもハイオクの車なんて、若者にはウケない。
乗っている奴なんておっさんたちばかりだ。
それでも、俺はこれに乗りたかった。これに乗るためにマニュアルで免許も取ったんだ。
少しでも長く乗るために、安全運転で絶対に無茶はしないようにしようと心に誓った。

最初は、両親を乗せて出掛けるくらいの使用頻度だった。慣れるまで怖かったからだ。
半年くらいして運転と車の特性に慣れて来た頃、一人でドライブに行ってみようと思い立った。
バイトを終えて帰ってきたのが22時くらい。荷物を家に置いて、車に乗り込んだ。
目的地は無い。適当に転がしてみよう。住宅街を抜け、普段行かないような道を走ってみる。
一人で愛車を走らせるのが、こんなに楽しいものだとは思わなかった。
気分が乗ってきた、その時……

ドン…ッ、ドン…ッ

鈍い音が後ろから聞こえてきた。後輪が何かを踏んだか…縁石に乗り上げたか…いや、そのどれでもない。
なんだろう…と疑問に思っていると、また音が聞こえた。

ドン…ッ、ドン…ッ

なんかおかしいぞ…。俺は道路の端に車を駐車し、外に出た。車を眺めても、特に異常は無い。
タイヤも綺麗なもんだ。
ふと、俺はトランクが気になった。トランクには整備用品等を積んでいる。
それがひっくり返ったか?
トランクを開けて中を見ても、何もひっくり返ってはいない。
ピッチリと箱に収まっている。それ以外は何も入っていなかった。
異常無し…のはずなのに、何故か背中がぞわりと粟立った。
ただ暗いだけで何もないトランク…見つめているだけで、息苦しさのようなものを感じ、吐き気を覚えた。
駄目だ…もう帰ろう。俺はすぐにトランクを閉めて、帰路についた。
背後から、見つめられているような気味の悪い空気を感じながら……



それからしばらくは、テストやバイトが忙しくて車に乗る機会が無かった。
やっと暇になった時、大学の友人が「夜ちょっと遊びに行こうよ」と言ってきた。

「お前、車出してよ。少し遠出してみようぜ」

ガソリン代は出すよと言うので、それは構わない。
だが…あの夜聞いた、トランクからの音を思い出し、一瞬躊躇った。
またあの音が聞こえたら…あの気持ち悪さ、嫌な空気を感じたら…。
途端に愛車が不気味な乗り物に感じられた。
いやいや、俺の気のせいだったんだ。友人と一緒に楽しくドライブしてたら、そんなものら忘れるだろう。
そう自分に言い聞かせ、その日の夜に友人と出掛けることにした。

23時くらいに駅前で友人を拾い、長野か山梨にでも行こうと適当に決めて走り出した。
くだらない話でゲラゲラ笑いながら運転していると、ありがたいことに眠気も吹っ飛ぶ。
時間はたっぷりあるし、下道で行こうとナビもセットした。
一時間くらい走った頃だった。それまで笑っていた友人の口数が、急に少なくなった。

「どうした?まさか車酔いか?」
「いや…そうじゃない。ちょっと気になってさ。お前の車、大丈夫か?」

友人の聞き方が、気になった。
“お前の運転、大丈夫か?”なら分かる。だが彼は“お前の車、大丈夫か?”と聞いた。
整備不良など起こしていない。エンジンもブレーキも良好だ。

「整備はちゃんとしてるよ」
「でも、なんか後ろからさっき音がしたけど…。ドン!って…」

思わず、息を呑んだ。俺が黙った途端…

ドン…ッ、ドン…ッ

また、あの音だ。助手席を盗み見ると、友人が後ろを気にした様子でソワソワしている。
俺は一旦路上駐車し、友人と一緒に車を降りた。

「前もさ、一度だけ音が聞こえたことあるんだよ。トランクから…」
「とりあえず、開けてみよう」

友人がトランクを開ける。前と同じ…整備用品が入った箱があるだけだ。
そして、開けた途端に流れてくる冷たく気持ち悪い空気…。
何かがいるのではないか…そう思ってしまう。
友人は整備用品の箱から小さな懐中電灯を引っ張り出し、中を照らした。

「ほら、もしかしたら奥の方で不備があるかもしれないだろ…?」

彼は怯えた顔で、言い聞かせるように呟いて隅々を照らしていく。
不備であってくれ…そう思った、その時…友人がトランクの奥を照らして、ヒッ!と声をあげた。

「なんか…奥の方、変色してる!」

そこを見ると、灰色の布地の一部が赤黒く変色していた。
なんでそんなところが…!オイル漏れとは思えない…これはまるで…

「これ、もしかして、血じゃないか……?」

友人は俺が思っていたことと、同じことを口にした。
俺たちは急いで家に帰ることにした。自然と二人の会話は無かった。
俺と同じように、友人も感じていたのだろう。
後ろから睨まれているような、息苦しい空気を……

その後、あの車はすぐに売ってしまった。状態が良かったので、すぐに買い手がついたのはありがたかった。

あの車は昔、何に使われていたんだろう…。あのトランクで何をしていたのだろう…。

今はもう知るよしも無い。

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